2001年03月22日
◆山谷
南千住に、また来ています。
フロントのおっちゃんの1人とも仲良くなりました。
清川という地名になっている現在の宿の付近。昔は「山谷」と呼ばれていたようです。
ドヤ(安宿)街となったのは、江戸時代からだそう。高度成長期には規模において最大(一万三千人)になり、現在ではその半分以下となっています。
明日のジョーに出てくる「泪橋」はおそらくここです。実際のものは、すでに川は流れておらず、ただの交差点となっています。
名前を変えたのは、イメージを変えたかったからか。
営団日比谷線の南千住駅を出ればわかりますが、結構左翼系の団体が頑張ってます。
革命を標榜する活動家が根を張り、動員をかけるようになっていたとか。
実際、昔はなかなか過激な事をやっていたようです。
調べた限り、少なくとも1961年の正月と、1967年の8月、1970年に交番が襲撃されています。
おかげで、このあたりの交番の警官は物々しく、山谷地区の中心には、通称「マンモス交番」があります。襲われたのは、ここなんでしょう。
しかし、今は昔の話。西成同様、労働者の高齢化が進み、暴力行為といえば、酔っ払いの喧嘩(それでも、コンビニの前にはよく血痕が残っているなぁ)、活動自体も、金曜早朝にあるデモぐらいになりました。
一方で、ここには普通の民家も混在してます。
去年の夏に見た隣町での盆踊り大会は、非常に昔ながらの懐かしい雰囲気でした。
怪しさと、懐かしさを漂わせた街。
ここは、アジアだなぁ、と思った。Bangkokよりも、ダッカに近い。
ま、しばし堪能します。
Posted by mino at 2001年03月22日 19:27
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