2001年05月22日
◆常識の壁打ち破れ
NHK鳥取放送局制作の番組。
場所は鳥取三洋。主題は工場改革です。
需要の多様化へ対応するため、ベルトコンベヤーによる大量生産を止め、一人で全行程を行う「一人屋台」生産を導入する、という話でした。
私の職業となるかも知れない話だったので、大変興味深く視聴しました。
近代化の産物である大量生産は、製品単価を下げるという重要な機能を果たしました。
しかし、消費側の選択肢を狭め、職人→流れ作業労働者という形で生産者の個性を奪いました。
そして、その揺り返しとして消費者が求めた「個性」が、生産者にも「個性」を復活させました。
限定的なものですが、一人屋台生産は、生産者に「巧みの心」を呼び起こさせます。
自分で作った商品という感覚です。
怠業を無くして、製造時間を短縮するという効果をねらった一人屋台ですが、こういう「楽しさ」も副次的効果(かつ原動力)として得られるのです。
「大分裂の時代」という本を読んだことがあります。
山崎正和という社会思想の先生の本です。
話の筋は、現代の社会システムは、近代と現代の間で引き裂かれている、というものです。
その中で産業について、大量生産という「近代」と、ニーズの多様化という「現代」に引き裂かれている、という例が挙げられていました。
今回の話はココへの一つの回答ではなかったか、と感じています。
ただ、良い面ばかりではありません。
「個性の発揮」は新たな競争を産み出します。
流れ作業により、ブルーカラーは競争から逃避できる職場でした。
しかし、今後はブルーカラーも個人によって成績が変わってくる職場となります。
競争から逃れる余地が仕事から無くなってきているのです。
競争の苦痛はインセンティブ的給与体系だけで埋められるものでは無いと思います。
仕事から得られる「充実感」が、これを充足できるか。
科学技術、消費者ニーズなど、外部環境が刻々と変わる中で、生産者はコストという点から生産体系を変えていきます。
これはこれで素晴らしいのですが、生産者の「効用」はカネで表せない部分もあります。
ストレスと充実感のバランスは、また別のプロセスで行わなければなりません。
そして、少なくとも「変化」からのストレスは、ほぼ全労働者が負わなければならない。
「生産物からの疎外」と「他者からの疎外」か。
哲学の古くて新しい問題は、まだまだ続きます。
ま、そんなことは良いとして、携帯買い換えは、是非鳥取三洋へ(笑)。
