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2001年07月16日

◆極論とバランスの狭間で

 むむぅ。良い「切り口」というのは、産み出すのに大変苦労します。
 まぁ、これを見つけだす能力というのは、研究者でもコンサルでも新聞記者でも小説家でも、どんな職業でも必要な能力ですし、これさえ持っておけば、究極のジェネラリストになれちゃいますから、一朝一夕で手に入れられるのなら苦労はないんでしょうが・・・。

 最近よく考えるのは、極論の重要性です。
 極論としての「切り口」ってのは、大変重要だなぁ、と。
 私の研究分野では「アジア太平洋戦争は日英間の対立だった」との視点などはある意味極論でしょう。しかし、現状において忘れられがちな視点に注目し、それを単純化して提示することは、全体として非常に有用なものですし、そうした貢献的な意味がある以上、極論を極論としてバカにすべきものではありません。

 しかし、貢献的と言えるためには、幾つか条件があります。
 一つは、排他的ではないこと。是々非々ではなく、感情的なものだけでなく、全体を見る上での一つの「切り口」であるという考えに依らなければなりません。簡単に言えば、ドグマではない、ということです。ここに現在語られている教科書の問題などで違和感を感じざるを得ない部分があります。
 もう一つは、理論と現実とのバランスです。もちろん、実行段階でも、人を同じ方向に動かすという点で、極論は大きな役割を果たす訳ですが、政策の実行段階では、しっかりバランスを取る必要もあるわけです。長期的な視点、実行コスト、リスクなど、理論では捨象されがちな部分をある程度考えないとダメなのです。

 私の研究上の極論は「日中戦争の拡大は、国内の短期的な政策合理性の追求を重視しすぎ、対外的な破綻をもたらした結果である」という事になりそうです。それほど奇異な視点ではありませんが、強く感じさせる部分がたくさんあるので。まぁ、まだ、何とも言えませんけどね。

Posted by mino at 2001年07月16日 23:51
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