2001年08月04日
◆俯瞰せよ!
構造改革って何よって話。
不勉強のせいかもしれないけど、何だか最近の「構造改革」の議論がさっぱり分からない。
いや、おバカではありますが、ぼんやりとは分かります。
「世の中の仕組みが良くないので、その仕組みを変えましょうね」って事でしょ。
でも、それって「改革」やん。構造ってどっから降ってくんねん。
いや、そしたらきっとこんな反論があるだろう、って事も予想できます。
「部分的な改革じゃなくてね、国全体の仕組みを変えるから『構造改革』なんですよ」って。
でも、国が主体なら、当然国全体の改革になるやろ。部分的修正なら改革ちゃうし、あえて大きく変えようって強調したいんなら、大改革でいいやん。
・・・くだらない議論かも知れないけど、何が言いたいかって言うと、「構造」という中身を指しているようで指していない言語をくっつけたがために、中身が見えづらくなっているんじゃないかって事です。
言葉というのは便利なもので、人の思考を停止させる働きがあります。
言いくるめ機能とでも言いましょうか、そんなもんかー、という気にさせるものがある。
分かり易く言えば、ただ「改革します!」って言っても、「何の改革やねん!」と思うけど、
「構造改革します」って言えば、「おー、頑張れー」となっしまう、ってことです。
実際は、改革≒構造改革なんですがね・・・
で、そうした思考停止状況の害悪として、優先順位というか、上位下位概念が訳分からなくなる。
そのせいか、最近の報道を見ると、不良債権の処理とか、特殊法人改革とか、都市機能の強化とか、比較的下位の具体的な議論がうまく整理されておらんような気がしてなりません。
具体的には、不良債権の処理は、日本の金融機能の正常化を目指すのが上位の目標としてあり、特殊法人改革は、もちろん予算の削減という目標もあるけど、財投などの関係から、金融機能の正常化で果たす目標もある。そしてこれらの目標の上位の目標には、日本の、ある程度力強い、持続可能な経済成長がある・・・などといったことです。
俯瞰する、ということは、こうした位置関係や対立関係をはっきりさせる事です。
構造改革という一言で片づける事ではありません。
報道機関の第一の役割が、現実の事象に枠組みを与えて分かりやすく説明することにある以上、もっと俯瞰する事の重要さを踏まえて報道に努めて欲しいです。
改革は構造改革or小泉改革でひとくくり。
対立軸は小泉vs抵抗勢力。
そりゃ、混乱するわ。
確信犯なのかなぁ・・・いや、理解してないからの一括りなんでしょうなぁ。
重箱の隅つつくような専門家的批判の芽を探す前に、しっかり俯瞰してください。
そうすれば、自ずと報道の役割が果たせるような気がします。
