2001年09月06日
◆オールスターキャスト
相変わらず修論書いてます。とほほ。
というわけで、大変大変マニアックな話になります。
現在は、私の研究している「天津英仏租界封鎖事件」の際の軍部の動きを追ってます。
時期的にはノモンハン事件の裏番組になっていて、有名ではないけど、初めてイギリスを明確に敵に回し、ついでにアメリカも敵にしてしまった、という事件。
したがって、大変な役者ばかり揃っています。
戦後の扱いが、有田を除いて尋常じゃないですからね。
まず、実際に封鎖をした方々。
華北地方にいた大日本帝国軍(あ、右翼みたいな書き方☆)は、北支那方面軍とよばれていました。
司令官:杉山元。この人は太平洋戦争開戦時に参謀総長をやってました。
45年9月にピストル自殺
参謀長:山下奉文。後にシンガポールの「イエス・ノー会談」で有名になった「マレーの虎」です。
46年2月にマニラで絞首刑
参謀副長:武藤章。陸軍一の「切れ者」。フィリピンでの山下とのほのぼの話多数。
48年12月A級戦犯として巣鴨で絞首刑
第27師団長(封鎖担当):本間雅晴。陸軍きっての知英派。「悲劇の将軍」。陸軍唯一の常識者とも(泣)。
46年4月、「バターン死の行進」の責でマニラで銃殺刑
う~ん、見事に全滅。
他の登場人物は、
首相:平沼騏一郎。「複雑怪奇」で有名な人。今の経産大臣のおじいちゃんであり、養父。
A級戦犯として終身禁錮刑
外務大臣:有田八郎。憲法やった人には「宴のあと」事件の原告としての方が、ずっと有名。
戦後公職追放
陸軍大臣:板垣征四郎。石原莞爾にたぶらかされて「満州事変」を引き起こし、ここまで出世してました。
48年12月A級戦犯として巣鴨で絞首刑
駐英大使:重光葵。降伏文書に署名した人、としてが一番有名かな。
A級戦犯として禁錮7年
まぁ、こんなところです。軍人はみんな死んでますなぁ・・・。あと、A級戦犯が4人。
他には、当時反英運動の国内指揮をしていた木戸幸一内相(明治維新の木戸孝允の孫)や、侍従武官長のち陸相の畑俊六もちょい役で出てきますから、6人か。
ちなみに、この中で、修論始める前に知っていたのは、山下だけ(笑)。
みなさんどれだけ知ってますかね。2人以上知ってたら、私より修論書く資格があります。
特に軍事関係にまっっったく無知なので、大変困ります。
自分の中にもっと、うよっきー的要素があれば楽だったのですが・・・。
ではでは。ちょっとでも興味持ってもらえたら嬉しいですが・・・
興味の沸かなかった方、マニアックな話しちゃって、申し訳ございませぬ。
