2001年09月09日
◆連続性
どうも、いまいちパワーの無いこの頃。
部屋の片づけをしたり、テレビを見たりと、なかなか集中できませんな。
まぁ、ぼちぼちではやってますが、とても全勢力を傾けている状態ではありません。
と、やらなきゃならないものを抱えつつ、見るテレビというのは、おつなものです。
そのぶん、ストレスは溜まりますが、実に甘美な時間です。
今日はNHK教育で「モンテクリスト伯」をやってました。
文学座のやつでしょうか。演劇に疎い私には、確信がもてませんが、多分そうでしょう。
なかなか良かったです。
中身が日本人で、日本語喋りながら、フランスのお話。
しかも、舞台がぐるぐる回る、という演出。
効果的な光の使い方。
映画がとことんリアルさを追求するのに対し、演劇はリアル+異次元のMIXで魅了させてますね。あと現場で見れば、肉声の響きや、舞台の立体感を感じる事が出来るのでしょうが。
それに、小説に比べただでさえ短くしている演劇を、番組に合わせてさらに要約。多重圧縮で訳わかんなくなって、昨日のポストマン状態でした。やはり生が一番か。
見ていて思ったのは、古典ではあっても、連続性があるから分かりやすい。
勧善懲悪物語だけど、主人公の心の動きに光をあてるし、
伏線張り巡らしの、こんがらがるような人間関係という手法で、小説の王道。
さらに、法の話、神の話と、ちょっと哲学チックなものをスパイスで入れてる。
全部が全部、分かりやすく、少し考えさせてくれるというものです。
この点、日本の古典は、現代との連続性が薄いから、本当に分かりにくい。
基本的に「笑い」か「色恋」の一部しか理解できませんし。
テレビの時代劇なども、古典の要素が大変薄く、内容は現代劇に成らざるをえない。
しかも、その内容が大変薄っぺらい。
「暴れん坊将軍」やってて、そこで「不況だけど公共工事ばかりに頼ったらあかん」みたいな話が出てて、ずっこけましたし、大河ドラマなんて、グローバルとか、ナショナリズムとか、女の力とか、てんこ盛りにしすぎちゃって、現代劇としても何が言いたいのかさっぱり分からないし。
日本の演劇の衰退も、こう、連続性の無さが産んでいるのかもしれませんなぁ。
表現技法的な問題もあるけど、私から見れば十分面白い。
ただ、それより中身として日本のものが積み上げられないのが問題なんでしょう。
出来ない訳では無いんです。宮崎アニメなんかはうまく、伝統とノスタルジーと現代への切り口を融合させてます。トトロ、もののけ姫、神隠しの系譜なんかは特に。いや、実は神隠しは見てないんで何とも言えませんけど、多分そうでしょう(笑)。
まだまだこうした側面に着いていける表現技法と一般的に考えられているうちに、本来の姿で輝いてほしいものです。
良い劇作家はおらんのかなぁ・・・
