2001年11月02日
◆知識の暴力
深夜、簿記のビデオ見終わって、ビデオ消したら、やってました。朝生。
今日はアメリカの空爆問題。
まぁ、故意に小田原評定を作り上げて、議論の殺気を楽しむ番組(言い過ぎか?)なので、議論の全体像はどうでも良いとして、なんとなく感じたことをば。
なんか、こう、知識が知恵を上回っている御仁が多いのですわ。
なんたら合意はこうで、なんたら会議はこういうこと話し合われて、とか、ひたすら披瀝する。
たしかに、論理の補強とかで具体例挙げたりするのは良いですし、話の前提として、最低限の事実は共有するのが礼儀ですわ。
でも、こう、「こんな事も知らないのか?、じゃあこれはどうだ?」的持って行き方多い。
知恵や分別から乖離した知識が漂ってる。
大変低調でした。
しかし、今回の事件は、日本という国レベルでは手に負えないですね。
地元のお隣選挙区の石破さんと、河野さんは、「アメリカはラーディンを捕まえられるの」と言われると、しばらく答えに詰まるし、
我が愛しの辻元議員は同じく「空爆しないとしたら、どう解決するの」と聞かれると、こちらも、うっ、としたあと「タリバンに乗り込んで説得します」と、北支方面軍顔負けの「為せばなる」精神論を披露(ちなみに、パレスチナ問題の解決はと聞かれたら「パレスチナ議員連盟を作る」っつってた)。
う~ん。やっぱり、立論に自己完結が求められないのが、知識の披瀝に拍車をかけるのだろうなぁ。
何をすべきかと、それがどうなるのかがうまく結びつけて説明できない。
つらい立場ではありますが、まぁ、そこで答えを出すのが、ほとんどの国がすべきことだと思いますし。
番組の最後の視聴者の意見。
超両極端と無関心(巻き込まれる的なもの)が多かった。
やはり、視聴者的にはこうなるんかなぁ。
一時間ほど見てしまった自分に反省。
