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2001年12月03日

◆武藤章

「軍務局長武藤章回想録」という本を読みました。
ずっと前から図書館で借りようと思っていましたが、
探したときは紛失図書となっており、
見つかったという連絡があったときには、私が延滞罰則中。
しばらく縁がなかった本です。

武藤章というのは、陸軍中将にして、A級戦犯。
1948年12月23日に刑死しております。
私の扱っている日英交渉では、現地軍側の代表をやってました。

日英交渉には客観的事実しか述べてくれてなく、
はっきり言って、私の論文には全くその記述が役に立ちませんが、
後の方の巣鴨での日記が、大変痛々しく、衝撃を与えられました。
日本としては相変わらず東京裁判に触れる事は禁忌であり、個人的には考えても詮無き事として無理にでも思考停止に陥らせておりますが、やはり法というものの限界性を強く認識される部分ではあります。
武藤章に責任があるのかどうかは別にしても、もっと裁かれるべき人も沢山いましたし。

法の厳格性と政治の必要性を無理にくっつけると、法の依って立つ部分を浸食していく。
少なくとも、政治に法を従属させないような考えをとる人間にとっては。
アフガンの事件はどうなるのやら、と思うと、まぁ世の中そう変わってはいないかと考えさせられます。
殉職→神聖化を恐れる御仁も多いと思いますが、やはり、ラディン氏には死んでいただくのが、良いかもしれません。

ちなみに、東京裁判において、日英交渉当時の交渉相手だったピゴット少将という御仁は、日英関係修繕に努力したとの有利な証言を行っているようです。
まぁ、わたしとしては、この件では決して有利な話は書けませんがね。
なるべく軍部の側の言い分も漏らさず書きたいのですが、彼等が史料を残してくれてないので、どうしても手元の状況証拠に頼らざるを得ない。
陸軍が様々な折衝に関して有力な史料を残していないのが、何とも残念ではあります。

先日防衛研究所から問い合わせの回答がきましたが、「一般的に折衝後の措置に関しては文書化して保存されますが、経緯については公文書として保存用の記録に分類されることはまずありません」とのこと。
ここにスケープゴートとしての軍部像を作り上げる最大の原因があるのかもしれません。
まぁ一番悪いのが陸軍というのは間違いないとしても、それが過剰ではないかという意味です。

Posted by mino at 2001年12月03日 23:47
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