2006年02月12日
◆スポーツ感傷
何か、トリノは思った通りの結果が出てないようで・・・
やはり、4年に1度という大会は、「ダメでも次が」というのが無い、ぶっつけ本番の一回勝負の重圧ってのは、拭いがたいものがあるのでしょう。何か、就職活動とかとダブってきていたたまれなくなって、こちらまで悔しくなるような。
しかし、昔からテレビの応援なんかで、何となくガッカリする報道や応援の姿勢には、少々違和感ありますね。
基本的にスポーツって、サッカーや競馬の賭け事のような特殊な事例を除き、自分の利害は絡んでいません。与えた期待をクリアするかどうかなんて、本人の話であり、我々はあくまで部外者のはず。
なのに、国家の威信か、単なる僻みか、テレビ局の都合か、とても「お前の成果にはガッカリしたよ」的、仕事の関係になっちまっているのが、違和感があるんですよ。
あくまで、スポーツは、人間の限界を超える挑戦と、その結果から見る悲喜こもごもの情景を見て、感動したり、悔しがったりする、映画の実録版のような情景として見ていたいものです。
2006年02月06日
◆論座の対談を読んで
明けまして・・・遅すぎですね。
一応、今年もよろしくお願いします。
先日、論座を読んだら、ナベツネが靖国参拝に反対してました。
若い時に戦争を体験した世代の持つバランス感覚でしょう。
これだけでも十分、戦後保守主義の背景を持つジャーナリストとして機能したと思います。
衰退期のナショナリズムは醜いものですが、対処しずらい。
そもそもナショナリズムは感情に苛まれた主義主張のため、算段が働きづらく、外交的失敗を起こしやすいんですが、既得権者な分、立て直しがしずらいと思われます。
比較的ましなイギリスの場合でも、戦後のスエズ出兵で手痛い目に遭ってますし、
フランスは上記に加え、植民地からの撤退で失敗を起こしました。
幸いなことに、日本の場合は他国への軍事的干渉をする能力も無く、
植民地時代のように資産やマーケットをごっそり失う訳でもなく、
少しずつ相対的プレゼンスが失われていくだけです。
鬱屈したものは抱えているけど、症状的には軽いような気がします。
ただ、不幸なことは、勃興期にやらかした負の遺産を何となく引きずっていること。
外的には、皮肉なことに今まさに勃興期にある国に、少々利用されちゃってますし、
内的には、親米保守や護憲革新という、分かりづらい主張から逃れる形で、ナショナリズムの土壌が作られてしまいました。
まぁ、今回ので言論関係では少々安心した次第です。
我々の世代も頑張らないとね。
