2001年07月31日
◆正当性の旗
参議院選挙の結果はみなさまご承知の通り。
それぞれの政策を背負い込み、新たな人材が国会に供給されることになりました。
私が経験しているような小集団の長と、国家組織のような長との一番の違いは、自己の主張の正当性のマネジメントにあると思います。小集団の場合、畏怖や尊敬などの人格面も効きますし、よく目が届きますから、組織内で別の「正当性の旗」が起こることを未然に防ぐことも可能です。人数的にも起こりづらい。
しかし、大きな組織となると、そうはいきません。時々刻々と変わる情勢に対し、払っても払っても新しい旗がわき起こる。常に変化し、台頭してくる「旗」に対して、ある部分は取り込み、また、小さな旗が結集して、自分たちより大きな旗へ成長するのを防ぐ必要があります。
一部は「抵抗勢力」の名の下、悪者レッテルを貼ることも可能でしょう。それが出来ない相手はどうするのか。しかも、そうしたものはマスコミが大変好きですし、また彼らの大事な役割でもあります。声を増幅させ、正当性を問うてきます。
一方、「国の経済力復活」という、一時的なテーゼで人が着いてくるのか。という問題もあります。自分の掲げる旗も確固としたものではない。哲学とか主義ベースではないのです。
冷戦期は共産主義の脅威という、便利なテーゼがありました。今となっては遠い昔です。
利益集団の細分化と、国家への帰属意識の低下は、時代を経る毎に大きくなっています。これは、改革に良い要素もありますが、積極的に意思の統一を図るには悪い要素を持ち込みます。
・・・なんか、まとまりのないことゴタゴタ書いちゃったけど、やはり人を動かす作業というのは大変です。強引さと理解・共感そしてある種のポーズを駆使する力が指導者に、全体を見渡し時を見極め評価する目が指導される側に必要なんでしょう。
2001年07月30日
◆参院選
今日は参院選投票日。
私も夕方に新町小学校に投票に行って来ました。
体育館が投票所ということもあって、冷房は当然無し。係員からはお疲れムードが大変漂ってました。お昼、暑くて大変だったんでしょう。ほんと、お疲れさまです。まぁ、夜を徹して開票する選管も大変でしょうが。
結局、選挙結果は自民の大勝、民主も票を伸ばし、自由が健闘、その他が割を食う結果となるでしょう。
私が誰に入れたかですか?特に此処では書きませんが、比例選挙、公明党の山本香苗さんには入れませんでした。いや、かなり入れかけましたけど。外専出身ときて、ポスターの写りも大変宜しかったもので、つい・・・。
その後、各TV局は一斉に速報番組。まぁ、何というか、あんまり面白くなかったけど、感想は・・・
大阪の毎日放送(TBS系列)は、お昼の番組「ちちんぷいぷい」のメンバーでやっていたのが面白かった。わたし、この番組好きなんですよね、ほのぼのしてて。でも、やはり何というか、選挙速報をするにはちょっと違和感あったか。
日本テレビのやっていた、末広まきこの特集は、大変痛かった。確かに自業自得ではあるけど、扱いの酷さに良心というか、大人げの無さを感じで、大変痛かった。
深夜には、選挙ステーションという名の下、朝まで生テレビ的番組。
例の橋本派の農水族のおっさんが出てました。
農業のの保護の理由と聞かれ「やっぱり食料安全保障が・・・」とのこと。
イグサでも喰っとけと思いました。素直に。
もうちょっと理路整然と農業の保護要因と、それへの対策は言えないもんなんかなぁ。
弟は「巨泉のおっさんは小泉を『ポピュリズム』って言ってたけど、巨泉のやり方の方がポピュリズムだなあ」と言っていた。然り。
まぁ、なんか自民党の状況と言い、奥歯にモノの挟まったようで、何か虚しさがちょっと漂う選挙でしたが、まぁ、これで小泉改革も本格始動となるでしょう。
2001年07月29日
◆むむむ・・・
日記書こうとしたら、繋がらず。
どうもmemorizeのサーバーの調子が悪いみたいです。
表では表れませんが、設定の仕方とか、細かいところで連絡無しに色々変えられたりしますので、結構困った所ですね~。まぁ、無料だから文句言う筋合いも無いかも知れないけど。
2001年07月28日
◆MP3
MP3なるものを、初めて扱いました。
あんまり興味無かったけど、昨日のキングクリムゾン関係でちょっと探してみることに。
サイトの数、半端じゃありません。ちょと潜っただけで、ゴロゴロ出てきます。
UPするのが簡単なので、こうやって沢山出来てしまうんでしょう。
著作権を守る側にとっては大変な世の中ですなぁ。
しかし、しばらくアングラなるものに行って無かったので、すっかり浦島状態です。
ページの隠し方はそれほど変化無いけど、ファイルの隠し方が随分巧妙になってます。
圧縮は、lzhやzipではなく、gcaというのが良く使われていますし、
その前の偽装解除には、単に拡張子変えたりするだけじゃなくて、「でんこ」とか「猫缶」とか、ふざけた名前のソフトが必要となります。
どっちにしろ「RarUty」が全く役に立ちません。昔はこのソフトさえあればOKだったんですけど。
UPしたい側と、削除する側との攻防。キリが無いですなぁ。
さて、幾つかのサイトに辿り着いたんですけど、どうもJ-POP、インディーズ、アニメ、というのが圧倒的に多いです。J-POPは需要が多いですし、インディーズはファン層に金がない、アニメはファン層にパソコンオタクが多い、ということでしょうか。どうも70年代の洋楽なんかはあまり落ちてませんでした。
ちなみに、最初に見つけた曲は「金太の大冒険」・・・
友人がCD持っていて、大変お気に召していたようだけど、なんでこんなマイナーな曲が最初に見つかるのでしょう?どうも縁が深いというか、何というか・・・。
2001年07月27日
◆21st Century Schizoid Man
車のCMというのは、大変力が入っております。
まぁ、個性を表し、ステータスを表し、単価も高い商品と来ていますから、イメージを作り、またそれを万人に(買う人だけではないのがミソなんだなぁ、きっと)受け入れて貰う必要があります。だから、CMは頑張って良いもの作ろうとする。おそらくCMの出来不出来で全然売上に差が出てくるんでしょう。
そして、その特徴として、流れる音楽があります。画像的にも凝ってはいるのですが、やはり真ん中にデンと車を映さなきゃお話にならないので、やはり音楽で自由度が高いので印象は強いですね。そして、副次的効果として「あの車のCMの音楽は?」となるわけですね。私も、「Sowing The Seeds Of Love」でTears For Fearsを知り、「シャングリラ」で電気グルーヴを聴くようになったわけです。
で、最近CMで珍しく聞き覚えのある曲が流れてます(あんまり音楽聴く方じゃないんで・・・)。トヨタのヴェロッサという車のものなんですが、kingCrimsonというグループの曲を流してるんですね。
う~ん、これはありなんかなぁ?
というのも、邦題「21世紀の精神異常者」というのが示す通り、あんまり車的なるものとイメージが重ならない。このグループはプログレ中のプログレ、私の中ではテンションの中に邪悪さが漂うイメージなんですが・・・。どうなんでしょ>先生
そこで、一つ気付きました。
車のCMの曲、基本的になじみが無いものが多いのは、アーティストのイメージが必要無いからですね。と言うより、邪魔になるんでしょう。私にとっては違和感があるものでも、皆さんが聴けば、車のイメージにピッタリなのかも知れません。そして、集中豪雨的にCM流す事で、イメージ的に車を覚えてもらうんでしょう。
ええと、キングクリムゾン、良いですよ。
間違っても万人受けするものではないですが。
私も、好きな曲は好きでも、嫌いな曲は大嫌い(「好きじゃない」のレベルじゃない)です。
2001年07月26日
◆歴史②
国家と歴史、これは分離できないのか。
山崎正和氏は、国家と歴史を分離すべきと言います。
彼は「認識としての歴史」と「伝統としての歴史」を分けて考えます。
「認識~」は、私の言う「学問としての歴史」と大体同じ事を言ってました。そしてこれは個人に属すると。
そして、「伝統~」(これは紐帯としての歴史ということになりますが)はより小規模な集団に返還し、国家はこれら集団間の相克を防ぎ、個人に対し集団への参退の自由を保障することで、間接的に国家への信頼を得よ、と言います。
まぁ、純粋な意味での「法治国家」という事ですかね。情ではなく、制度への信頼による統治。
問題意識としては、①国家と同一でない小集団の存在と②歴史の政治的利用の潜在性、があるようです。
詳しくは彼の本『歴史の真実と政治の正義』を読んでください。同じ題で50ページほどの論文に書いてあります。
その上で、前述の疑問への一応の答えですが、結論としては、「完全なる分離は無理だし、すべきでもない」ということになります。
しかし、そもそも国家と歴史が分離不可能と考えると・・・
①国家の歴史観と実際国が行う政治を関連づけ、
①-a:国家が「加害者としての歴史」を認めた場合、日本国民はその罪を万世まで引き継ぐか、
①-b:「加害者~」を否定した場合には、徹底的に争う必要に迫られるわけで、また、
②国家の歴史観と政治を関連づけない場合には、対外用の「表日本史」と対内用の「裏日本史」が存在するということになります。
少々はしょりましたが、大体これが山崎氏の主張のようです。
私の主張は「国の持つ歴史はもっと曖昧なもの」、すなわち、ある程度の国民的共感を持たせつつ、中国、韓国等の主張には理解を示すというもの(今の検定制度+多元主義への一応の理解を想定しています)なので、ある意味、国と歴史を分離していますし、かつ、①-aと②の両方引きずっている訳です。彼の問題提起には全く答えていないでしょう。とほほ・・・。
これが正しいか分かりませんし、そもそも実現可能かも分かりません。ただ、現状ではそうとしか考えられないというのが、私の主張でもあります。この年ですでに柔軟な思考が停止し、近代に拘束されているだけかもしれないと思うと、大変ブルーではありますが(笑)。
以上。少々の問題提起と、現状で考えていることでした。あー、頭痛い・・・
2001年07月24日
◆歴史
今日は留学に行くという友人などと昼食会。
そのなか、歴史について熱く語ってしまいました。修論漬けはよろしくないです。要反省ですが、一応、そこで考えたことを書いてみましょう。
・学問としての歴史
なぜ歴史を知りたがるのか?・・・個々人によってそれは違うでしょう。
例えば私の場合は、失敗の中に教訓を探す作業です。
世界環境の問題点、意志決定過程の問題点などなどです。とても簡単に言えば「何で英米と戦争をするという無茶をしたのか」ということについての原因と結果を、事実ベースで、冷めた目で見ている訳です。
歴史にいわゆる真理は無いですが、環境や選択肢、その妥当性と言った「事実」を探る事には意味があるでしょう。そして、そうだからこそ是々非々の議論から始めるのではなく、価値中立的なところから組み上げる、非常に冷めた姿勢から始まります。そして、その史実、および原因-結果の妥当性について議論を行い、普遍化を目指していく。これが学問としての歴史の真っ当な姿です。
・国として教えるべき歴史とはどういうもか。
さて、ここで教科書の問題になります。
個人的には、やはり歴史の持つ重要性は捨て難いと考えてます。
少なくともも、原因と結果の連続、自己のルーツ、他者理解など、思考訓練には大きな役割があるからです。
しかし、国家の紐帯としての役割を歴史に担わせるという立場には若干の反感を覚えざるを得ません。
「新しい教科書」の近代史の説明にはさほど違和感を感じない自分ですが、それでも中学生に「国民の物語」を強く意識させようとする意図には同意できません。
同様に、正直言って、中国や韓国が取る歴史への態度には共感を覚えません。
まぁ、理解をする必要はあるでしょう。他国から抑圧され、それを跳ね返す過程で彼らはナショナリズムを発展させ、歴史を国家の紐帯とした(せざるを得なかった?)一端に、手段的にも内容的にも日本が大いに関わったのは事実です。理解する義務というか、寛容さは持ち合わせるべきでしょう。共感とか反省という表現は馴染みませんけど。
やはり宗教と同様、国家と歴史を分離する必要があるんでしょうか。あくまで学問としての歴史は、初めに個人に属し、妥当なものが次第に普遍化されていくというプロセスから見ても、国がこれを権威付けする、というものには馴染まない部分もあります。
しかし、知的訓練のためにも、理解を深めるためにも、歴史は大きな役割を果たします。また、排他的でない緩やかな紐帯としての役割まで歴史から排除させる必要がそれほどあるのかとも思ってます。宗教は教育から分離すべきでも、倫理を教育で教える必要があるのと、感覚的には同じ関係です。
両方の中間を取ったのが、今の検定制度なんでしょうが、国が歴史に深く関与せざるを得ないという問題は残ったままです。
とにかく、自分の考えを纏めると、
①教訓と教養のため、歴史を専攻していること
②学問としての歴史は、個人に属する部分が大きいこと
③国が歴史という物語を作り上げることには違和感がありながらも、それでも教育から歴史を無くすのは、どうかなぁと考えていること
といった所でしょうか。
・・・う~ん、やっぱり教科書問題には相変わらず歯切れが悪いなぁ・・・
2001年07月23日
◆勝ったのは誰?
COP6。なんと実施協定が纏まりました。
国際会議って、「絶望」とか言われると、結構頑張るんですよね。
具体的経緯は良く分かりませんが、日本にとっては何とか現実性のある部分まで運用ルールを落とし込むことができました。特に森林吸収効果が大幅に認められたのが大きいです。
キャスティングボートを握る立場となった今回の会議。大して非難を浴びることなくEU側の譲歩を享受できたので、少なくともゲームとしては勝ったと言えるでしょう。まぁ、もともと日本としてはかなり厳しい条件でCOP3を纏めていたので、理不尽な要求ではないと考えてます。これでもまだ大変ですからね。現在のCO2排出量、90年段階からえらく増えちゃってますし。
ただ、今回の会議の日本の戦略は、おそらく実施協定の多くの問題を先送りにし、アメリカ批准の道を残す事にあったので、戦略的に絞って狙った結果では無いでしょう。早期発効と、アメリカを逃がさないため、EUが率先して行った事と思います。
まぁ、互いに相反しない第一目標がある場合win-winで交渉が纏まる、っつう事の典型でしょう。
一方、アメリカは少々負け的な状況になりました。非難が集中する一方で、代替案のハードルが高くなったでしょうから。
今後、パワーポリティクス的な「強者の論理」がどこまで通用するか、環境と署名条約、NGOの存在という「法と倫理」がどこまで通用するのか。重要な問題ではありますが、その分面白く観察できそうです。
・・・しかし、これで日本の批准はほぼ決まり。民主党にとっては結構な打撃です。他人事ながら、最近の民主党には同情を禁じ得ません。ほんと、やってられんやろうなぁ・・・
2001年07月21日
◆イントルーダー
先ほどまで、見知らぬ男が私の部屋で寝ておりました・・・
朝の4時半頃、夜も明けつつある中、週末に印刷して持ち帰った外交記録を読み、全然知らない暗殺事件の記述について、途方に暮れていた所、玄関の方で、ガシャンという音。
戸棚から何か落ちたのかと思って、扉のガラス越しに暗がりを覗いてみると、すぐ目の前に男が立っていました!
いや~、生まれてから一番というくらい驚きました。
約一秒ほど、大パニックに陥った後、その後の一秒で、男越しの玄関のドアに鍵がかかっていなかったこと、男が酔っぱらっているらしいこと、今日は隣でどんちゃん騒ぎがあったことに気付き、特段危害があるわけでも無い、という判断を下してました。人間本当に驚いた時には、随分頭の回転が速くなるものなんですね~。
まぁ、危害は無いと言っても、相手は酩酊状態。大変困りました。
部屋にも入ってきて、布団で寝ちゃうし、呼びかけても全く応答がありません。
仕方が無いので、隣の部屋のインターホンを鳴らしましたが、応答は無し。ちょっと自信もなかったので、しつこく何度も呼び出す訳にもいかず、部屋に帰ろうと考えていると、また、部屋から大げさな音がしてます(泣)。
今度はフライパンを落っとこしつつ、玄関で倒れております。片方私の靴を反対に履きつつ。為すに任せたら、そのまま外に出て、今度は道路でお休みにおなりになりました。
途方に暮れること約10分。幸運にも隣の御仁達が外に出て、気付いてくれました。
靴も返して貰い、男も収容してもらい、一段落、となりましたが・・・また酔っぱらいが嫌いになった一コマでした。
ま、鍵のかけ忘れには、注意しようということで。
2001年07月18日
◆昔の漢字
だいぶん読めるようになってきました。
外交文書の漢字です。
読み始めた当初は、大変難しくて、骨が折れました。
私の読んでるのは戦中の外交文書なので、明治時代のように途方もなく難しい代物ではないですし、また、活字で保存されているものも多いので、まだマシなんですが、やはり、読めないものが多々ありました。
大体、理由は3つあって
①接続詞など漢文調のもの(乃至[ないし]、且[かつ]、尚[なお]、乍ら[ながら]、玆[ここ]、而して〔しかして〕など)
②旧漢字で使われていて、読めないもの(竝に[並びに]、曩に[先に!]、舊[旧!]、已む〔止むと同じ〕など)
③手書きで読めないもの(メモ書きなうえに、崩し漢字多い)
①は漢文をろくにやっていなかった罰でしょう。しかし、②などは全く分からないし、③は慣れ以外の何者でもないです。やっと手書きの文章が(半分くらいは)読めるようになり、なんか偉くなった気分に浸っておりました。
・・・まぁ、とても自己満足の世界です。はい(笑)
2001年07月16日
◆極論とバランスの狭間で
むむぅ。良い「切り口」というのは、産み出すのに大変苦労します。
まぁ、これを見つけだす能力というのは、研究者でもコンサルでも新聞記者でも小説家でも、どんな職業でも必要な能力ですし、これさえ持っておけば、究極のジェネラリストになれちゃいますから、一朝一夕で手に入れられるのなら苦労はないんでしょうが・・・。
最近よく考えるのは、極論の重要性です。
極論としての「切り口」ってのは、大変重要だなぁ、と。
私の研究分野では「アジア太平洋戦争は日英間の対立だった」との視点などはある意味極論でしょう。しかし、現状において忘れられがちな視点に注目し、それを単純化して提示することは、全体として非常に有用なものですし、そうした貢献的な意味がある以上、極論を極論としてバカにすべきものではありません。
しかし、貢献的と言えるためには、幾つか条件があります。
一つは、排他的ではないこと。是々非々ではなく、感情的なものだけでなく、全体を見る上での一つの「切り口」であるという考えに依らなければなりません。簡単に言えば、ドグマではない、ということです。ここに現在語られている教科書の問題などで違和感を感じざるを得ない部分があります。
もう一つは、理論と現実とのバランスです。もちろん、実行段階でも、人を同じ方向に動かすという点で、極論は大きな役割を果たす訳ですが、政策の実行段階では、しっかりバランスを取る必要もあるわけです。長期的な視点、実行コスト、リスクなど、理論では捨象されがちな部分をある程度考えないとダメなのです。
私の研究上の極論は「日中戦争の拡大は、国内の短期的な政策合理性の追求を重視しすぎ、対外的な破綻をもたらした結果である」という事になりそうです。それほど奇異な視点ではありませんが、強く感じさせる部分がたくさんあるので。まぁ、まだ、何とも言えませんけどね。
2001年07月13日
◆NEWS23
NEWS23が3000回を迎えたようです。
足かけ10年以上。筑紫哲也も随分年を取りました。
見るからに「枯れてる」という外見になってしまいました。昔はもっとつやつやしてたんだけどなぁ(笑)。
今はあんまりニュースも見ないし、見るときはNEWS STATIONが多いけど、高校生の時は毎日欠かさず見てました。
彼が広島ファンということもあります。スポーツコーナー開始時の表情で、広島が勝ったか負けたかすぐ分かりましたし(笑)。
しかし、それ以上に人間としての深さが魅力だったんでしょう。
口べたで、よくどもり、ニュースの読み方は見るに耐えないけど、柔らかい物腰と愛嬌ある笑顔が、キャスターとして存在感を支えています。
また、物事を深く捉える観察眼は目を見張るものがあります。
前歴が新聞記者、というのがこれを支えているのかもしれません。彼ほど自分の職業、ジャーナリストを自覚し、積極的にそれを番組に色づけしているキャスターはいませんからね。
しかし、それに加えて、彼の興味の広さ、教養の深さから出てくる要素も大きいと思います。
昔のNews23には二部、というのがありました。筑紫哲也が文化人を中心に、色んな人にインタビューをする、というものです。
彼の真骨頂はこうした部分で大変良く表れていました。技術的なインタビュー能力、教養の深さ、関心の広さ・深さで、ゲストの「味」を遺憾なく引き出してましたから。高校生の私から見ると、テレビを通し、筑紫哲也を通し、ここから世界が広がっているような気分にさせられていました。
二部は残念ながら無くなってしまいましたが、やはり、そうした要素を持ちつつ、時代を見ているなぁと感じさせるものがあります。関心・教養が、「知識」ではなく「知恵」として出てきている。これが観察眼を支えているのでしょう。
と言うわけで、個別の意見では異なることの多い筑紫さんですが、人間としては大変尊敬している方です。
人間性と観察眼。どっちか片方で良いから、分けて欲しい・・・。私の現状では、筑紫哲也というより木村太郎ですから(泣)。
ま、とにかく、まだまだ頑張って欲しいということで。
2001年07月12日
◆分類ミス
本日も相変わらずマイクロフィルムと格闘。
といっても、使い方が分かったので、楽しく閲覧&コピーをしてます。
慣れたら全くの単純作業。印刷範囲に文書を移動し、補正し、印刷。それだけ。
でも、何か楽しいので、必要性の薄い部分までバシバシプリントアウトしちゃってました。
出したものは、生協にある製本カバーで製本。接着剤付きの表紙が150円ぐらいで売っているんだけど、この中にコピーしたものを入れて、ヒーターで熱すると、文庫本の要領で製本できるわけ。なかなか便利です。うまくくっつけば(結構難しい)。
こうした製本を持ち歩くだけで、何か偉くなった気分。訳分からない漢字の一杯ある本ですからね。勉強してるって感じするでしょ。
本をコピーしただけで勉強した気分になる、ってのの典型を行っちゃってます。
しかし、歴史資料なんて誰も使わないので、色々間違いがあって大変です。
まず、GHQさん。ページ番号の重複や、INDEXの間違いあり。
ページ番号なんて、訂正の跡があるにも関わらず、それでも間違ってる。やる気あるんだか無いんだか、さっぱりわからない。
「この内容はこのリールにありますよ」って分かるINDEXを、ご丁寧に作って下さっているにも関わらず、そこに無い。結局次のリールにあったりする。利用者に優しいのか優しくないのか、さっぱりわからない。
なにか「アメリカ人的なるもの」を垣間見たような気になってましたけど、大学の図書館も大概です。我が法学部図書館は仕入れるべきリールを間違って購入したらしく、一つのシリーズが欠けている代わりに、一つのシリーズが重複している。私の探しているのが「WT」シリーズ。重複しているのは「MT(明治大正の略)」シリーズ。嗚呼、何て単純な間違い・・・。
現在読んでいるほん。
入江昭の「日米外交史」
林望他の「イギリスはかしこい」
林先生の「イギリスは~」シリーズは大変面白い。読みやすい。感想はまた別の機会に・・・。
2001年07月11日
◆マイクロフィルム
修論の史料の収集をしてます。
今日はマイクロフィルムにあたりました。
外務省の記録は麻布の外交資料館に行かないと無いと思ってましたが、実はうちの大学にあったんですね。まさに灯台もと暗し。資料に対する知識が無いため、随分無駄をしてます。はぁ・・・。
これらのマイクロフィルムは、占領期にGHQが外務省記録を接収し、せっせとマイクロフィルム化したものの複製です。原本にアルファベットの印鑑が押してあるのはこのせいでした。日本人としてちょっとムッとくる部分もありますが、おかげで多数の資料が格安で手に入ります。ありがとう、アメリカさん。
でも、GHQがフィルム化できたのは、記録の数%ほどだそうで、私の分野でも、議事録など、多くは原本しか残っていません。どうしても必要な部分は、大枚はたいて原本をコピーする事になるでしょう。とほほ・・・。
さて、生まれて初めてマイクロフィルムを扱ったわけですが、早速閲覧機にかけて見ていたところ・・・
壊しちゃいました。
いや、リールの最後の方まで見ていたところ、ピンが外れちゃって、全部フィルムが閲覧機に移っちゃって、巻き戻しが出来なくなっちゃったってわけ。
「こんな事初めてですよ~」と、大変にこやかに司書さんにいわれちゃいました。ごめんなさい~。
結局業者さんを呼ぶことになり、本日の作業中止。
というわけで、順調に遅れてます。
2001年07月10日
◆ゴラ~ン!!!
いや~、勝ちましたね~。
私の大好きなゴラン・イヴァニセビッチ、遂にやりました。
テニスにはそれほど興味のない私ですが、毎年ウィンブルドンだけは楽しみにしてました。
ゴランちゃんが唯一良いところまで行く可能性がある大会ですから。
レフティーであること。初めは単にそれだけの理由でした。ファンになったのは。
しかし、サーブだけずば抜けているという単純さと、やたらキレる人間臭い性格にすっかり虜になってしまってました。
彼は過去3回決勝に進んでいます。
しかし、92年にはアガシ、94年と98年にはサンプラスにあと一歩という所で阻まれてきました。
いずれも、彼の精神的弱さが原因だったと思います。ちょっとした事で頭に血が上る→ダブルフォルト連発→やる気無くす、という悪いパターンを抱え、大変分かりやすく負けてくれました。
完全に自滅型です。実に応援しがいの無い奴でした。
去年は1回戦負けだったのを知っていたので、今年は全く期待せず、「何とかテレビに映るぐらいまで頑張れよ~」と、新聞をチェックする日々だったのですが、シード無しの1回戦から、あれよあれよと勝ちあがり、準決勝から待望のテレビ中継。3日に渡った準決勝でヘンマンを撃破し、決勝にまで進みました。
今年の勝因は明らかに精神的な成長です。
第4セットでブレイクされた判定を巡り、ネットを蹴り上げ、審判に食ってかかった時は「おまえは、また~」と顔を覆ってましたが、その後はすっかり立ち直りました。
肉体的な強さ、という点では前の3回の決勝の時の方が全然強かったと思います。
サーブはいまいちだったし、相変わらずボレーやストロークは進化した形跡が見られませんでしたから。ただ、決めるべき時の集中力、腐ったあとの回復力は、今までに無いものを見せてもらいました。
最終ゲームで全くサーブが入らなくなったのはご愛敬&ゴランらしい、として、勝った瞬間は、下宿の中で飛び上がって喜んでました。日本がワールドカップ出場を決めたときもこんなに嬉しくなかったね。
人生七転び八起き。常に挑戦し、成長していった男の生き様、しっかり見させて頂きました。いや、良かった、良かった。
2001年07月09日
◆就職
就職先、決まりました。
官庁訪問がダメだったので、既に内々定が決まっていた某経営コンサルの会社に行くことになりました。
まぁ、挫折感も少々あるし、得られた教訓はごまかさずにしっかり受け止めるつもりです。
でも、それはそれとして、これで良かったかも、というのも、正直持っています。
実際かなり迷っていたことは、迷惑を顧みず、色んな人にブツブツ言ってましたし、去年の秋からずっと迷いずくめだったので、久々にすっきりした気分を味わってます。
将来の見えない職業ですが、それが好きで第一志望にしてきました。不安も当然ありますが、今後が大変楽しみになりました。
さて、今後のスケジュールがほぼ決定しました。
まずは修論です。が、がんばります・・・。
2001年06月28日
◆暑い、熱い。
相変わらず官庁訪問中です。毎日暑くて死にそうです。はい。
本日、早々と某S省J分野で切られちゃいました(全然隠れてない)。
ま、実際色々迷いもある中で回っているので、苦悩している一方、凹み具合は去年よりましです。
・・・う~ん、でもやっぱり悔しいかぁ(笑)。あの切り方、どうにかならんもんかね。ほんと。
ただ、いまんとこ一つ、民間よりも優先させてる省庁があるので、悪影響が出ないように努めなければなりません。現状でも悪影響は出そうですから。
てなわけで、今年の官庁訪問は楽しさがありますね。
どこか「ひとごと」的な所も手伝って、かなりブレーンストーミング的な気分に浸れます。
自分も考えながら話してるし、向こうもそれに応じてくれます。
ただ、4人に1人くらい、話が大変噛みあわない人を作ってしまうのが、私の話し方の致命的欠点ですが(笑)。
中には縦割り的思考停止の人もいるけど、総じてよく「考えているなぁ」という人が多い。
頭の中に世界が収まっている人多いです。
政策考えている人なので、当然でしょう。
・・・えー、前置き長くなりましたが、今日は地下鉄の事を書こうと思って更新しました。
もう、大嫌いですね(笑)。
私は日比谷線を利用せざるを得ないのですが、朝はものすごい混みよう。
混んでる状態なら良いけど、相手と密着して、圧力がかかってくる「おしくら饅頭」状態は耐えられませんね。
女性はもっと大変だと思います。なんだかなぁ。
昨日は官庁訪問の帰りに、悪質酔っ払い親父に遭遇。
強そうな兄ちゃん2人に、ず~っと喧嘩売ってました。
睨みながら、兄ちゃんはじっと耐えてましたが、賞賛に値すると思ってます。
こんなケースでも、殴った方が悪いんでしょうな。とほほ。
一方、今日は土建屋風の3人組が、床に座るは、広告剥がすは、やりたい放題。
それなのに、おばあさんが乗ってくると、真っ先かつ大変親切に席譲ってました。
社会性あるのか無いのか、どっちやねん!
・・・ま、大変疲れてますが、全力出しますわい。
ええ、自分のレゾンデートル、頑張って探します。
2001年06月24日
◆南千住
官庁訪問のため、東京に舞い戻りました。
いつもお世話になっている宿が、いつのまにかインターネット常時接続のパソコンが2台。
現在、マックを生まれて初めて使ってます。
変換が大変お馬鹿で困ります。
東京都議選開票中。自民党は予想通り善戦しているようです。
共産党は第2党を守れるか。
演説は国民の「痛み」への不安を煽る、ある意味、大変共産党らしい演説を京都でもやってましたが、あれでは、普通の市民に「じゃあどないすんねん」とつっこまれるでしょう。
しかし、前回の議席数を維持する気ははなからなく、負けてもさばさば、という感じを今から臭わせていました。
潔いと言えば、そうですが、予想できるからこそ、余裕に発言できるのでしょう。
前回の衆議院選挙では、予想外の大敗に暴走してましたから、その教訓もあるか。
ま、しばらく日記は休みますが、大変ブルー入る時期なので、御勘弁を。
では。
2001年06月14日
◆政治の季節
メールマガジンが来ました。
鳴り物入りで発足した首相官邸のメールマガジンです。
扇さん国土交通省背負いすぎ、とか、内容的にはさておき、政府の側にも、国民の側にも大きなチャンネルとなっている事には間違い無いでしょう。
政府の側では、安価なコストで、色を付けられずに自己主張ができる。これから改革を行っていくうえで、命綱の役割を果たす場面も出てくるかもしれません。
一方、我々の側からしても、批判性を添加されない情報が手に入り、しかも政治に人間性を感じることができるわけです。
まぁ、注意しなければならない部分も多いですが、上手に使えばメリットが大きい、というのは、情報通信技術全般と同じ事でしょう。
圧倒的な国民の人気と、選挙前という情勢で、すっかり政治の季節となっている今日この頃。活性化していると捉えるか、悪い熱と捉えるかは今後の状況如何でしょうが、なんか熱を持っている状況であることは間違いありません。
楽しんで時代に浸ることにします。
2001年06月07日
◆かぱぱ・・・
byかぱちゃん((c)ARANZI ARONZO)。
まぁ、季節柄、つう事で。
さて、前置きの通り、退行著しい今日この頃。
高校生並に、人生の意味なんて考えちゃったりして、随分ブルー入ってました。
他人の自己評価と自分の自己評価のギャップにもがいてみせたり。
自我の弱さを嘆いて見せたり。
双子のせいだって逃げたり。
無理して壁作るのに疲れたり。
あげく「自分って何様」とか考えたりしちゃって。
疎外感溢れまくってますな。かかか。逝ってよし>自分。
就活で疑似引きこもりから強制的に召喚させられたので、もう両マインド簡単に行き来出来ると思ったけど、ブレークスルー必要みたいです。音速越える時のように衝撃波あり。
でも、生まれてこの方ずっと人生に曲がりなりにも目標持ち続けてるから、まだ耐えれんでしょう。
ぽかっと無くなる状況になるのが、大変怖くはありますです。
お馬鹿にも考えすぎて、やってまいそうですし。
生きる意味とか熟考している自分にはならないようにしたいです。
何か走ることが自己目的化してるみたいで、大変大変不愉快ではありますが。
・きょう学んだこと。
異常と正常の狭間で才能は開花するって言うけど、種がなきゃダメってこと。逆は真ならず也。
あと、イモムシの足は16本。
随分日記らしくなっちまった・・・。まぁ、たまには、心の旅も良いか。
かぱぱぱぱ。
2001年06月06日
◆外相の発言力
内輪もめにはあんまり興味無いので、別の面から書くことにします。
田中外相が出たことで、外相の発言力の大きさが分かった、というのが個人的感想です。
個人のキャラクターという要素が大きいのですが、それを外交全般に生かせる機会は多分にあるでしょう。
組織改革は確かに重要です。しかし、それはあくまで内部の問題であり、国民に訴えかけて云々するものでは、基本的にはありません。
不正を監視し、能力ある者を重用する。それだけの話ですから、内輪でしっかりやれば良い。
それだけに田中さんを使うというのは、もったいないでしょう。
外相が発信するものとして、より期待されるのは、大まかな外交の基本方針を出すことです。
外交での改革で最も期待され、重視されるべきはそこにあるんじゃないでしょうか。
日本は2国間の個別交渉には強さを発揮するが、多国間交渉がダメと言われてきました。
ちょっとステレオタイプ的ですし、多国間交渉で日本が大きな役割を果たす例はたくさんあるのですが、こう思われてしまう原因は、大きな戦略が無く、国ごと、問題ごとの優先順位が無い、と言うことなのではないでしょうか。
少なくとも分かりづらい。
明らかにしない事が有利に働くことは多々あります。
安全保障環境を中心に、フォロワーとしての役割の要素も多いです。
しかし、示すべきものははっきり示さないと、分かってもらいたいものでも分かってもらえなかったり、操作させられたりしちゃうわけです。
細かな発言で揚げ足を取られるのも、確固とした土台が見えづらいからです。
これまでのゴタゴタを打ち消す意味でも、外相の声で、ドクトリン的なものを発する良い機会なんじゃないでしょうか。
別に内容を奇抜にする必要はありません。
アメリカ、EUと共に、世界の経済環境を支えること。
アメリカと共に東アジアの平和と安定を支えること。
中国の成長を地理的歴史的関係の文脈から捉え、独自の立場から、軍事的伸張を警戒し、経済的社会的協調を模索すること。
後の世代と人道を考え、国際的な協調体制を支えること。
他の点は、これらの文脈に沿ってやること。
そんな内容です。それだけでも十分効果はあると思います。
田中さんはアメリカとの関係にターニングポイントを考えているようですが、わたしは、対中外交を期待したいです。
それを効果的なものとするためにも、対米重視の姿勢は崩して欲しくない。
省内に任せ、色が付くのが気に入らないのなら、民間を使えばいい。
実行力が無くても、示唆に富み、有益な意見を持っている御仁は、こと外交に関してはたくさんいますから。
「骨太の方針」が必要なのは、なにも構造改革だけでは無いです。
せっかく顔が見え、発言力が絶大な外相が出たのですから、しっかり外交して欲しいです。
罷免なんて、本当にもったいないですわ。
2001年06月05日
◆まずい・・・
ども、久々に引きこもり生活に入ったら、体調崩してました。
お勉強というのは勢いも必要ですので、体調なおっても、勉強に勢いがつかず、困ってます。
あと5日なので、無理矢理にでも自分を焦らせ、頑張ることにします。はい。
2001年06月01日
◆虚学?
一応フォローしておくと、「実学」に対置するものとしての学問の事ですね。
一般に社会科学は実学と呼ばれています。
経済や経営、法学の学者に「あなたのやっている事は虚学です」って言ったら、血相変えるでしょうなぁ(笑)。
逆に文学だけでなく、理学も虚学と言われてます。
「文理学部」って、一般にへんてこりな組み合わせと考えられてますが、あれは虚学をパッケージしたわけですね。
ただ、虚学、実学というカテゴリーは好きじゃないです。
大体、虚って「虚しい」って事でしょ。差別的な雰囲気漂いまくってます(笑)。
それに、虚と実って、両方の要素が混じっていて、学問事にグラデーションのように、その比重が少しずつ違うだけだと思うんです。
世の中に直接役に立つか、飯を食うことが出来るかどうかの分類でしかないですから。
虚学を馬鹿にする実学重視は、底が浅いですし、実を意識しない虚学者は、独りよがりでしかない。
政治学という分類しづらい学問に浸かった身分としては、対立させることに、どれだけ意味があるのかって、思っちゃいますね。
職業だってそう。
人によっては、市場における利益を上げられない職業を「虚」と考える。
学者、公務員はもちろん、マスコミなども入れられる事がある。
「虚」を「あれはダメ」って言う人間と、民間行ったら思考停止して機械のような人生送るって考える人間とが、お互いに馬鹿にし合う。
全然対立する意味無いのに、こうやって対立軸ができてしまうんでしょうなぁ。
イギリスでは経営者として、哲学の知識、思考が無いと、馬鹿にされるそうです。
韓国のエリート学生も、同様の傾向が見られました。本をたくさん読んで、考えることの出来る人間しか入試に通らないからです。
社会インフラとしての「虚」をどう捉えるか。
この点、日本ってまだ発展途上国なんだと思ってます。
2001年05月31日
◆現実と理論
社会科学における理論とは何か、について。
間違ってる部分も多々あるとは思いますが、大上段に構えて、ぶった斬ってみましょう。
「人間の行動というのは、よう分からん」
これが原点です。
ミクロレベルで人間の行動形式が自然科学的に完全に法則化できれば、それを組み上げれば集団の行動も法則化でき・・・、という具合になるのですが、如何せんそう単純ではありません。
例えば、今はやりの遺伝子レベルの解読&意味づけが完了しても、人間の行動様式なんて、分かりません。
私とおとうとくん。
双子なんでプログラムは一緒ですが、行動は違う。
「食卓に納豆」ってインプットでも、全然output違う訳です(笑)。
でも、よく分からないままではどうしようも無いので、とりあえず、大体そうだろ、ってものを想像したり、outputから推測することで、理論というものを作り上げるのです。
ですから、「分かりやすくする」のと「抽象化(理論化)による現実からの乖離」のバランスの上に成り立っていると言えましょう。
これを前提に言いたいことを幾つか。
昨日、北海道で「殺人に関わっているけど無罪」という裁判が出ました。
時効と、犯罪要件がもたらした悲劇です。
社会学の「理論」は、基本的に抽象化して分かりやすくする「現実→理論」という世界です。
逆に使っては間違いの元です。
しかし、司法というのは、理論を現実に当てはめる「理論→現実」という作用順序をたどります。
特に刑法は罪刑法定主義ってやつを取ってますから、これを厳密にする。
情状酌量などで、理論の厳密さのガス抜きをしますが、理論と相反する事実、「エラー」が出てくるんですね。
これが今回の事件です。
「選択と集中」。最近はやりの言葉です。
ボストンコンサルティングが開発したPPMが「理論」と言われてます。
簡単に言えば、自分の会社の実力と市場の将来性を考えて、資源を配分しましょう、っていう事を「理論」化します。
でも、企業の実力って測りようもない部分がありますし、市場の将来性なんて、もっと分かりづらい。
内々定先で貰った本には「PPMはコミュニケーションのツール」と言い切ってました。
合意形成の手段、という訳です。
先ほど挙げた言い方では、「乖離」の比重を上げてでも「わかりやすさ」を重視している、という事です。
乖離している部分については、「理論」そのものからではなく、状況ごとに微調整するという事でしょう。
ただ、社会科学ですから、「理論→現実」の単純な当てはめは、どんな理論でも無理です。
あくまで、「わかりやすさ」を少々重くしていると考えるべきでしょう。
「合意形成の手段」ついでに言えば、怪しい理論がたくさん出てくるのも、社会科学の面白い所です。
国際政治の仮定の一つに「民主主義国同志は戦争しない」というのがあります。
アメリカのお偉い学者さんが、過去の戦争のデータを集め、うち立てました。
インド・パキスタンの例が、民主主義同志だったから、全面戦争していないとは思えませんよね。
社会科学では、信じたいこと(感情)と論理が分かれていないため、こういった事がいくらでも可能なんです。
しかも、こうした「理論」が簡単に悪、とは言い切れないのも、また面白い所です。
神戸大学の教授案内の冊子で、政治学の久米教授が「大学とは曖昧さに堪える知性を鍛えるところ」と言っておられました。
大変気に入っている言葉で、さすが社会科学の学者だなぁと思います。
理論か経験かは別にして、私も曖昧さを楽みつつ、集団としての人間を扱うようになれたら、と思ってます。
2001年05月30日
◆今日は何の日?
今日はよみうりテレビの中元綾子アナの誕生日です(笑)。
あ、いや、ゴミゼロの日(環境美化の日)でもあるんですけど。
民間の就職活動も終わり、すっかり元の超夜型の生活に戻って、「あさイチ!」を見るようになりました。
辛坊解説員と森アナのコンビが好きで見てましたが、この中元さんも馬鹿になりません。
常識的教養、という点では著しく欠けてますが、それを補って余りある才能があります。
一つは毒舌。芸能ニュースへの「ひとこと」が、洒落にならない切れ味をもっておられます。
もう一つは、活発さから来るコミュニケーション能力です。
大したタレントです。
何かと素人臭さから来る親近感を売りにする東京の女子アナと違い、しっかりキャラクターで売るアナウンサーは見てて面白いです。
ちなみに人気的にもよみうりで一番なようで、ファンのサイトもたくさんありました。
今年29歳だそうですよ。
てっきり、自分より年下だと思ってました。
やはり、若さは年齢では無いな、と。
以上、超ローカルネタでした。
関西以外の人、すいません。
2001年05月29日
◆典型的大学生?
う~~ん。
これは困りました。
現在国Ⅰの経済職のお勉強をしています。
でも、なかなか解けません。
中には知識的に分からない部分もあるのですが、問題は、分かっているはずなのに解けないところ。
傾向を判断するに、連立方程式が苦手なようです。
国Ⅰは外交官試験と違い、計算問題が多いです。
中には微分の知識(全微分と偏微分の違いが未だ分からず)が必要なのもあるんですけど、大抵は変数を2つに絞り、あとは連立方程式で解くというものです。
これをよく間違える。
解き方を覚えるのが最重要なので、ほっときゃいいんですけど、やはり気持ち悪いので原因究明する。
結果が分かると、随分悲しいのですが。
30分かけて原因を究明し、20×80を160にしてるのを知ると、愕然とします。うー。
分数の計算ができない大学生が増えているそう。
「おれは国立大卒だぞ、関係ねーや」とたかをくくってましたが、それほどレベルは変わりません。
なんとか慣れないと・・・。とほほ・・・。
2001年05月28日
◆リスクの大きさ
新潟県刈羽村の住民投票で、反対が多数。
プルサーマル計画の後退、だそうだ。
朝日と読売の社説。住民投票の一般的評価は逆だったが、プルサーマルの必要性という点では共に肯定していた。
読売の社説がいう「住民投票で国の政策が決まるのはどうか」という意見も分かる。
しかし、「憲法の基本原則は間接民主主義」などという、学究的なご意見で全てを済ます気にはなれない。
歯切れは悪いが、朝日の意見に共感を感じた。
問題は、原子力発電の持つリスクの大きさである。
いくら事故の起こる確率が低いとはいえ、東海村の事故などを経験すると、不信感は否めない。
今回の住民投票の意見は、プルサーマル独自、と言うより、原子力行政全般への地元の評価、と言う見方の方が正確ではないだろうか。
最終的には、導入する以外に道は無いと思うが、国が地元の痛みに理解を示し、協力を要請する必要はあるだろう。
しかし、今回の住民投票、私の感想では「以外と反対少ないな」である。
そもそも、住民にとって、プルサーマル導入による利益はほとんど無いはずだ。
直接頂けるわけではない補助金と、自分たちの持つリスクを天秤に掛ければ、普通、後者の方が重くなる。
今回の住民投票は、あくまで参考のためのものにすぎない。
簡単な多数決ではなく、ちゃんと評価すべきであろう。
・・・でも、そもそもこの件で住民投票をするべきだったか、という読売新聞的疑問は、やはりある。
宣伝効果は抜群で、そこに意義は見いだせるが、政策としてやるべき部分が見えている以上、単なる責任逃れに映ってならない。
・・・しかし、原子力政策の評価は難しい。
地球温暖化、エネルギー安全保障など、代替手段が無い中で貢献している分野がある一方、リスクの点ではうまく数値化できない負の部分がある。
太陽光、風力といった発電と代替できればベストなのだが・・・。
我ながら情けないほど歯切れの悪い文章・・・
もー、考えれば考えるほど、訳わかれへん。
ま、たまにはこんなのもええやろ。
2001年05月27日
◆自己マーケティング
別に、私のPRをするわけではないので、ご安心を(笑)
就職活動という場は、自分を分析し、それをアピールしなきゃなりません。
商品としての自分を売る、最初の機会です。
本当は「良い製品」を作ることから始めるのがベストですが、活動をする時点になって急に性能を上げることは出来ないので(笑)、マーケティングをうまくする事から始まっちゃいます。
日々の研究開発を怠ってきた事への後悔。ほとんどの人がする事になるでしょう(笑)。
なぜ、マーケティング(=自己PR)が重要か、それは、人という商品は大変性能が見えづらいものだからです。
パソコンや車のように、製品の善し悪しが明示化できません。
いわゆる「情報の非対称性」が起こっている市場なのです。
明示化して性能を保証できるのは、せいぜいTOEICの点数や、学歴といったものだけです。
ブランド品や、ハンバーガーのチェーン店のように、完全には品質を保証できません。
きわめて不完全な「シグナル」です。
商社、銀行のように未だに学歴割りで採用している所も多いですが、あれは良い人材を採るため、というより「社内秩序」のため、と判断した方が良いでしょう。
ちなみに、私が内々定もらった先は、人事に「神戸から来られたので」と交通費くれました。
履歴書は書きましたが、学歴に全く関心無い。
こうして、PRが重要になってくるのですが、残念ながら、私を含め、なかなかうまく行きません。
自分の能力をアピールって、普通しませんからね。
まぁ、ここに来て、毎日が自己PRのように、自己顕示されるお方にも出会いましたが、こういうのは稀です。
重要となってくるのは、相手のニーズ(「ウォンツ」って言うのか?)に合わせたやり方をすること。
ある集団面接で一緒だった子は、ひたすら「人に頼られる優しい自分」をコンサルでアピールしてました。
また別の子は「如何に独立したいか」をしっかり棒読みでおっしゃっていました。
それらの面接は、志望動機と自分の経験に基づいた思考力を試すものでした。
なかなか相手に合わすのって、難しいです。
あと、集団面接していると、明らかに背伸びしていると分かる御仁もいました。
突っ込まれて、答えられなかったり、怪しくなったりするやつです。
JAROの警告対象となるような商品です(笑)。
自分の能力に合わすのも、難しいようです。
実は、この「うまくPR出来る」能力こそ、才能的な部分なんでしょう。
やはり、研究開発を怠ってきたツケか(笑)・・・。
2001年05月26日
◆甘さ/厳しさ
「ウチに優しく、ソトに厳しく」
人間、こうなってしまうのは、しょうがないでしょう。
ただ、これを認識していない人間というのは、どうも苦手。
就職活動を通じて、いろんな人間に会いました。
大方は人間として、尊敬できる方々。
話していて大変刺激的なものであり、自分を成長させてくれます。
ただ、やはり、こいつは何だ?というものもいた。
一番呆れたのは「社会人」の態度。
「学生」と自分を対置し、ポジション的に自分が上、と考えている勘違いクンです。
常套文句は「社会の厳しさ」「学生の甘さ」。
情報の差、経験の差は否めない。その点は認めましょう。
ただ、あれだけ学生に共感が無い、というのは、如何したものか??
「子供叱るな、来た道だ」という格言を送りたいです。
人事がこういう人間の会社もありました。
かなりネガティブに学生を見ていたのが、痛かった。
この会社の人間と一緒に研修受けた友人曰く
「態度がでかくていやぁな人間」だったそうである。
直接には結びつかないにしろ、再生産が起こっているような気がしました・・・。
一方、共感を呼ぶ人は思ったより多かったです。
物産の御仁は、熱意と知性と人間性を兼ね備えた人間でした。ま、自分とは明らかにカラー違いましたけど・・・。
ADLのおばさんは、ずば抜けて頭が良かったうえ、厳しさと親しみやすさを共存させた、大人の女性でした。かっこい~。
自分に厳しく、他人には共感を持ちつつ、適度に厳しい(笑)人間って、やはり魅力的です。
ワタクシは・・・自分に厳しくは出来ないけど、共感は持てるようになりたいです。はい。
2001年05月25日
◆ユニクロ
ユニクロ社長の記者会見のニュース、見ました。
第一印象は「あの格好、どうにかならんか」でした。
まぁ、歩く広告塔ですからぁ、しょうがないとはおもいますけど、惜しむらくは中年男性を魅力的に見せる服を作ってなかったって言う事でしょうか。
せめてブレザーぐらい羽織っても、罪にはならないんじゃないでしょうかね。
さて、お小言はこの辺にしとかないと、ピーコのファッションチェックになりますので止めとくとして・・・。
セーフガードの件、予想通りの反応でした。
タオルを筆頭に繊維業界で次々とセーフガードが発動したら、ユニクロ、大打撃です。
「保護された産業が生き残った試しは無い」等と、おっしゃられておられました。
産業の保護。難しい問題です。
アメリカの自動車産業はある意味、輸入に関して保護を受け、その間に復活しました。
保護されても生き残る産業はあるのです。
ただ、保護の仕方は大変難しい。
他の農産物に比べて圧倒的に保護の度合いが低かった卵ですが、唯一の保護政策がありました。
最低価格の保証です。昭和40年代後半に導入されたはずです。
しかし、この制度、一つ落とし穴がありました。
導入と同時に抜き打ちで羽数の申告をさせられたのです。
これに正直に答えた養鶏家は後でジレンマに陥ることになりました。
規模を拡大しないと、経営が苦しい。
されど、申告以上の鶏を飼うと、最低価格の保証が受けられない。
生産量を調整する政策を国が採ったために、中規模以下の農家は、規模の拡大という道を取りづらくなってしまいました。
まさに「ゆでがえる」状態となってしまったのです。
セーフガードとは違いますが、痛みを避ける政策が、各方面にどれだけコストを払ったのか考えると、教訓にはなってきます。
当該制度が、競争力回復に役に立つか。
政策コストはどのくらいか。
ちゃんと計算しないと、余計に競争力が付かなくなる。
見極めて発動を検討して欲しいです。
2001年05月24日
◆テレビ報道
テレビの報道が面白くない。
時間と手法の制約、というのは、これほど個性を奪うものなのか、と愕然としてしまう。
例えば、ハンセン病訴訟の報道の仕方、どこも一緒。
密着ドキュメントと、控訴断念の瞬間の喜びのみ。
仕方がないと言えば、それまでだが、どこのチャンネル捻っても似たような画像しか出てこないのは、どうか、と。
ハンセン病やエイズ患者の問題は、一義的に市井の側の偏見にある。
この点をもっと訴える番組づくりって、どこか出来ないものなのかね?
一番の制約条件は「マスコミは常に市民の味方です」って姿勢だと思う。
特にテレビはこの傾向が強い。
いつぞや、久米さんが、何かの報道の後、
「我々は、市民の意識と乖離しているのではないかと感じています」
って言ったけど、それに対して解説者が
「私は常に庶民の立場でいますが・・・」
などとのたまっておられた。
さすがはA新聞の解説委員。寒かった。体の芯から寒かったよ。
・・・自己批判しろ~(笑)。
常に市民の立場に立つマスコミなんて、要らない。
この時代、もっと大局に立って、マスコミの立場というものを考えなきゃならんでしょう。
市民の側に立つのは、あくまで公権力が強い、という前提でしょう。
日頃のニュースにも、もっとメッセージ性を!
ついでに、Nステの痩せてる方の解説者の交代を!
2001年05月23日
◆ホールクロップサイレージ
大失敗したDTCのグループディスカッションの帰り、ここで一緒だった農学研究科の学生との間で話題になったのが、米の飼料化でした。
都会にいると関心が薄くなりがちの農業問題ですが、日本にとって水田は非常に重要な役割を果たしています。
特に保水と生態系の問題で水田が果たす役割は大きいです。
しかし、一方で、米の供給過剰が非常に難しい問題となっていました。
そして、需給関係の悪化と水田の保全を両立するための道として、米の飼料化があるわけです。
ちなみに飼料化といっても、全ての家畜に当てはまるわけではありません。
特に卵用の鶏は無理です。
理由は食べられないから、ではなく、黄身が濃いほど良い卵、と誤解している人間のせいです。
鶏の飼料にトウモロコシ、アルファルファ(豆科の牧草)を使うのは、栄養面で優れている事もありますが、これらが黄身を濃くするためでもあります。
また、サフランも入れます。香辛料としての使うのと同様、黄色くなります。
昭和50年代に米余りから、鶏に米を食べさせた時期があったらしいのですが、黄身の色が落ちました。
大変な苦情だったらしいです(昔、NHKの「クイズ面白ゼミナール」で見ました)。
この手の偏見はなかなか直せないので、まず、利用は不可能でしょう。
したがって、米の飼料化では、お牛さん用が主な用途になります。
今考えられているのは、サイレージ化して飼料にする方法のようです。
サイレージとは、茎ごととったものをサイロに突っ込み、乳酸発酵すること。
「お牛さんの食べる漬け物」です。
昔、牧草のものを酪農家で見たことがありますが、なかなか強烈な臭いでした。
推測ですが、おそらくサイレージ用のものは、輸入していないと思います。
自家生産、または国内生産に限られているでしょう。
そこに活路がある、という事だと思います。
しかし、問題点もあるようです。
一つは、生産上の問題。
作物ごとに刈り取り時期や発酵のスピードが違うため、ノウハウを積む必要があります。
もう一つは、農家のマインドです。
農学研究科の学生に聞いた限りでは、やはり米を飼料にすることに抵抗があるみたいです。
そして最後に、これは農政全般との関係ですが、需要量の問題です。
サイレージ用の需要がどれだけあるか分かりませんが、供給超過を埋められるほどの需要は見込めないと思います。稲作問題を緩和する効用はあっても、是正するほどの力はありません。
やはりそろそろ抜本的な改革も考えないといけないでしょう。
稲作で最大の問題は、その需給調整の方法です。
価格による需給調整が全く働かないほどの保護主義を採っているため、生産調整しか道はありません。
しかも、その生産調整は一律減反政策。
稲作に適した土地かどうかの考慮も無ければ、虫食いのように畑作地を作ることの利害も考慮に入ってません。
そして、そもそも高付加価値の(といっても、政府が保護しての高付加価値ですが)米で何とかやっている農家が、同じ面積で畑作にしても、当然利益は減少します。不満が出るだけでなく、農作自体を止めて、農地を荒地化させてしまう所が続出してますから。
やはり、集約化を進めて、大規模農場を作るようにしないと、日本の農業の生きる術は無いでしょう。
大変手間とカネのかかる政策ですが、今のうちにやらないと、農業自体がダメになる。そんな時期に来ていると思います。
小手先だけ考えるのではなく、平行して農業の再生を考えて欲しいと思いますね。
2001年05月22日
◆常識の壁打ち破れ
NHK鳥取放送局制作の番組。
場所は鳥取三洋。主題は工場改革です。
需要の多様化へ対応するため、ベルトコンベヤーによる大量生産を止め、一人で全行程を行う「一人屋台」生産を導入する、という話でした。
私の職業となるかも知れない話だったので、大変興味深く視聴しました。
近代化の産物である大量生産は、製品単価を下げるという重要な機能を果たしました。
しかし、消費側の選択肢を狭め、職人→流れ作業労働者という形で生産者の個性を奪いました。
そして、その揺り返しとして消費者が求めた「個性」が、生産者にも「個性」を復活させました。
限定的なものですが、一人屋台生産は、生産者に「巧みの心」を呼び起こさせます。
自分で作った商品という感覚です。
怠業を無くして、製造時間を短縮するという効果をねらった一人屋台ですが、こういう「楽しさ」も副次的効果(かつ原動力)として得られるのです。
「大分裂の時代」という本を読んだことがあります。
山崎正和という社会思想の先生の本です。
話の筋は、現代の社会システムは、近代と現代の間で引き裂かれている、というものです。
その中で産業について、大量生産という「近代」と、ニーズの多様化という「現代」に引き裂かれている、という例が挙げられていました。
今回の話はココへの一つの回答ではなかったか、と感じています。
ただ、良い面ばかりではありません。
「個性の発揮」は新たな競争を産み出します。
流れ作業により、ブルーカラーは競争から逃避できる職場でした。
しかし、今後はブルーカラーも個人によって成績が変わってくる職場となります。
競争から逃れる余地が仕事から無くなってきているのです。
競争の苦痛はインセンティブ的給与体系だけで埋められるものでは無いと思います。
仕事から得られる「充実感」が、これを充足できるか。
科学技術、消費者ニーズなど、外部環境が刻々と変わる中で、生産者はコストという点から生産体系を変えていきます。
これはこれで素晴らしいのですが、生産者の「効用」はカネで表せない部分もあります。
ストレスと充実感のバランスは、また別のプロセスで行わなければなりません。
そして、少なくとも「変化」からのストレスは、ほぼ全労働者が負わなければならない。
「生産物からの疎外」と「他者からの疎外」か。
哲学の古くて新しい問題は、まだまだ続きます。
ま、そんなことは良いとして、携帯買い換えは、是非鳥取三洋へ(笑)。
2001年05月21日
◆なにやってんだ??
東京高裁判事、買春で捕まる。
朝日新聞記者、のぞきで捕まる。
判事曰く「仕事でストレス、刺激欲しかった」。
いや~、お仕事大変なんですね~。
日本のいわゆるエリートに欠けているものとして、「社会に対する責任感」がよく挙げられています。
日本はヨーロッパなどの階級社会の対局として、総中流化社会などと言われています。
良いこともあるのですが、社会やモラルを背負っているという意識を持った人が少ない。
そして、職業人専門家的な「エリート」のみ輩出されます。
エリート教育は難しく、ただの身分的エリートでは、階層の流動性が保たれません。
「マスターキートン」などでは、イギリスのパブリックスクールへの憧憬が見られますが、私はこういう社会は嫌いです。
ただ、やはり高校、大学といった教育機関では、優秀な生徒へ、社会的責任感を持たせる教育をより強く行わないと、本当に職業専門家的「官僚」しか出てこないような気がします。
階層間の流動性とエリート教育を両立するべき道をちゃんと探るべきでしょう。
・・・まぁ、上の二人は、どういう社会になっても出てくる大馬鹿者かもしれん。
ま、どちらも社会性無き御仁に向く職業ではありません。
しっかり落とし前はつけて貰いましょう。
2001年05月19日
◆人の役割
五百旗頭先生の新しい本が出てました。
恩師の本ですが、買わずに立ち読み。
しかも、本文ではなく、付録としてついていた、宮沢前財務相との対談だけ読んでました。
恩知らずな生徒です。
話の本旨は、講和条約の方式を巡る、日本側特使の行動とその影響について。
まだ外交権を剥奪されていた日本が、マッカーサーを頭越しにして、アメリカに交渉に行ったときの話。
これに若き宮沢さんが行っていて、最後の生き残りという事だったんですわ。
細かい事実はどーでも良いとして、この御仁、とらえ所が無いですね。
賢いのは間違い無いです。
英語も留学もしてないのに流暢に話しますし、評論に関しては右に出るものがいない、と言われます。
しかし、如何せん、実行力に欠ける。
年を食ったからかも知れませんが、バランスと調整の政治家というイメージが大変強いです。
辛辣に言えば、熱意に欠け、傍観者的なんですなぁ(この語尾だけは気に入ってますが(笑))。
いわゆる平時では大変な能力を発揮できたと思うのですが、ことごとく乱世で役割を担ってしまいました。
能力云々の話ではなく、彼の個性と時代が合わなかった不運です。
人にはそれぞれ与えられた役割があるのでしょう。
己が把握するものか、他人に見出して貰うものなのか、単なる運か、よく分からないですけど。
でも、うまく時代に刻み込めたら、望外の幸せ、のような気がします。
さて、宮沢さんと何かと比較される塩川さん。
関西の知識人的穏やかさは持っていますが、何言い出すかほんとに分からない。
機密費関係では既に綱渡り状態ですし、特定財源見直しは驚きました。
改革は分かりますが、いきなり橋本派と全面衝突。大丈夫なんかな~。
ただのボケ老人か、したたかな政治家か。
どちらにしても彼の役割は果たせそうな気がしますなぁ。
2001年05月18日
◆意外とデリケートな私
見た目がイカツイせいか、無神経で鈍感に思われるワタクシ。
いや、こういう面があることは否定しませんよ。人間関係とかね(笑えない)。
でも、「きにしい」であったり、良く胃炎をおこしたりと、何かとデリケートな側面を持っています。
一番直したいのは「翌日大事な日だと眠れない」ところ。
もう、寝付きは最悪です。
特に翌日試験だったら、まず寝られません。
大学受験の時も常に目の下にクマ作って受けていました。
外交官試験なんて最悪でしたねー。3日目って、自分で何やっているか分からないですからね。
阪急の改札にテレホンカード突っ込んでみたり、試験中に意識がぶっ飛んでいたり、大変でした。
この点、国Ⅰはいずれも一日勝負の試験なので、まだましです。
やはり眠りたいんで、今までも色々試してみました。
「催眠薬(睡眠薬ではない)」とか飲んでみたり、ラベンダーのドライフラワー買ってみたり。
・・・全然効果無し。やはり風邪薬を多量に飲むのがてっとりばやいのか?
眠れない事自体も大変なのですが、
翌日大事だから眠りたい→緊張して寝れない→そうした自分に腹を立てる→交感神経が頑張っちゃっているので眠れない→余計怒る
と、悪循環にはまってしまうのが、一番苦しいのです。
今年こそはしっかり眠ろうと思うのですが、ここにきて障害が・・・
その、なんと言いますか、真上の階がお盛んで、しかも、声がやたらでかい。
ちなみに、友達の女性に尋ねたところ「みんなに聞いて欲しいからでしょ」と自信を持って答えられました・・・。そうなの?
普段は眠れないというほどではないのですが、これが試験前に重なったらと思うと、大変ブルーです。はい。
確率1/3くらい(笑)。
少なからずこういうことで将来に影響が出てくるかも知れない、と思うと、何か大変複雑です。
2001年05月15日
◆VOXXX
家電リサイクル法、どこの自治体も大変みたいです。
循環型社会を成立させる上では、消費者の理解が不可欠、ってんで、リサイクルに必要な料金を消費者から徴収する、って制度。「性善説」に依拠するやり方です。
購入時の家電料金に上乗せしたりとか、企業に負担させたりとかするのではないのは、循環型社会の形成という「公」に、消費者が意識的に参加する体制を取るためなんですね。
議論は消費税導入と同じです。「公」への参加意識を促す。
まぁ、でも世の中いい人ばかりでは無いわけで、うん千円を浮かせるために、不法投棄が起こる。
自治体は不法投棄された家電を拾い、通常の手数料を払って引き取って貰うわけで、当然この料金は経費として自治体を圧迫するわけです。
先日のニュースで、不法投棄防止に対する各自治体の取り組みを放送してました。
コミュニティーに依拠した人海戦術もありましたけど、警報システムの導入も多かった。
国民の参加意識のための投資、と言えますが、導入自治体の担当者が空しそうに説明していたのが印象に残りました。
さて、以上、コクミンと義務の程度の関係について、殊勝にも考えていたわけですが、自治体の警報システムの発した音声「異常発生~」に反応してしまいました。
いけません、これはカテナのテキスト読み上げソフト、ドキュメントトーカーの声です。
これはバカテクノグループ(ファンが聞いたら激怒しそうな説明だ・・・)電気グルーヴが好んで使っているソフトでした。
VOXXX収録の「エジソン電」で「きゃ~、いや~ん、へんた~い、だれか~、ひゃくとおばぁ~ん」とかって使っていたりするやつです。
ええ、自治体の方が使い方としては通常なんです。
でも、この一言で、自治体が随分不真面目に取り組んでいるように感じました。
おそるべし、電気グルーヴトラップ・・・
2001年05月14日
◆国会中継
国会中継、見てました。
小泉内閣になって以降、視聴率が随分上がったと言われています。
今日から予算委員会が始まったようで、管vs小泉という、面白い試合を見ることが出来ました。
管さんの質問姿勢には好感持てました。非常に大人の野党としての対応が出来たと思います。
あれなら、ひんしゅくも買わず、存在感を示せたと思います。
ただ、これでもプラス材料にならないのが、逆風下の民主党の悲しいところですが。
しかし、相変わらずこういう場での戦闘力は管さんがずば抜けてますな。
不倫問題の印象も次第に払拭してますし、まだまだ頑張れますなぁ。
小泉人気は結構なことですが、国会答弁では知的危うさを多々感じました。
靖国の憲法解釈は置いとくとしても、国連の常任理事国入りに関して、「現在の常任理事国、アメリカ、イギリス、フランス、ロシア」の後、中国が出てくるまで、間があったのには冷や冷やしましたし(笑)、日本が常任理事国入りに慎重になるべき理由として「常任理事国は国権の発動としての戦争をしているけど、日本は出来ない」とおっしゃっておられました。
いや、言いたいことは分かります。国連としての軍事行動に日本が制約を持っている、って言いたかったんでしょう。
でも、文字通り取ったら、常任理事諸国、怒りますよ(笑)。
まぁ、全体としては大変面白い論戦でした。
クエスチョンタイムも楽しみですねー。
2001年05月11日
◆雨男
何故私が外に出ると、雨が降り出すのか。
今日も南千住から外に出た途端、土砂降り。
食堂の下で雨宿りする事30分。結局止みそうもないので、余計酷くなる中、南千住駅に行きました。
なのに、ついた途端、風向きが変わったと思ったら、雨雲が二つに割れ、晴れ間がさーっと(笑)。
いやー、あんな晴れ方もあるんだなーと、怒り笑いを浮かべておりました。
本日、2日以来、京都に帰宅。9日ぶりの下宿は・・・汚いなぁ(笑)。
でも、やっぱり落ち着きます。
ゆっくり休んで、勉強をするとします。
2001/05/10(木) 17:36
ホステス
「ホステスが官庁訪問したら、絶対内々定とれるよ」。
今日の説明会のあと、入省一年目の人が言っていた事。
言いえて妙でした。
相手に気持ちよく話してもらう点が共通してます。
はったりの自己PRとか(笑)、単なる情熱だけではなく、もっと深いところが見られる、というのが官庁訪問の特徴らしいのですが、絶対必要なのが、ホステス的能力。
・・・頑張ろっと。
頑張ろうとしか、言えないのが、悲しい(笑)
2001年05月09日
◆向いていること、やりたいこと
久々に霞が関に行き、説明会に参加してきました。
民間から交通費が2社ほど出たので、キャッシュフローは良好に推移していますから(笑)。
しかし、自分の事ながら、最近のテンションの低さには辟易しています。
理由は3点ほど考えられます(笑)。
一つは、志望順位が高かった企業から内々定を頂いたこと。
活動を頑張りすぎたため、かなり緊張の糸が緩んじゃってます。
もう一つは、今ひとつ魅力のある官庁を見いだせないこと。
昔と比べ「憧れ」で動かなくなっているせいか、人とか目的意識とかに目が行きがちです。
まぁ、これは人に会うことで、随分改善されると思います。
最後は、トラウマかな。
昨年と同じ場所、同じ人(東京で就職組に会ったりしたので)に触れ、しんどさを思い出しました。
自分の能力の限界、対人関係のまずさを嫌というほど味わった時期でしたから。
「性格的に向いている仕事」。先日の飲み会で話題になってました。
まぁ、自分に向いているかどうかも重要です。あまりに向いていない仕事は、どんなに頑張っても、結果が付いてきませんから。
でも、大抵「向いている仕事」と「やりたい仕事」とはミスマッチを起こします。
去年は「向いてる仕事」でオファーを貰いました。まぁ、自己分析からしても、両方とも向いている仕事だったと思います。
だけど、やりたい、という要素は低かった。意義は見出してましたが、自分が生業とするにはちょっと、という感じでした。
んで、今年は良く考え、「やりたい仕事」の価値を高くしました。
まぁ、オファーを頂いたということは、向こうの判断では向いているという事なんでしょう